ワキタヤBLOG

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元ヤン教師は何故讃えられるのか? 人はストーリー性に弱いという話。

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sirabee.com

だらっとネットサーフィンしているとこういうニュースを見つけた。

『俺の持論』という深夜番組でお笑い芸人・ニューヨークの屋敷さんという方が、「元ヤンを讃えるのは絶対禁止」という主張をされたとか。

内容をまとめると、教師を例に、

「更生して教師になっても1ミリもスゴくない。普通に勉強して真面目に生きて教師になったヤツが一番えらい」
「なんで回り道をして戻ってきたヤツが最短距離のヤツより偉いと思われるのか」

という論を主張したとのこと。

伊集院リスナーにはあんまり新しい意見ではないけれど、ネットニュースになるくらいには世間に響くものがあったようだ。

主張に対して納得できるところもある。
でも、元ヤンを讃える風潮はしばらく変わらないだろうなとも思う。

なぜなら人は「悪人が更生して、真人間になる」というストーリーが好きだからだ。



人間的な魅力とはなんだろうか。

個人的には「相反する二つの要素を内包している人間」に人間的な魅力を感じる。

たとえば、「菩薩のように優しいが、決断する時には悪魔のように冷酷になれる」という人間だ。
漫画や映画の主人公にはありがちなキャラクター造形でもある。

元ヤン教師もそうだ。
「昔は荒れていたけど、今は更生して教師になりました。昔、荒れていたからこそ、そういう奴らの気持ちが分かる」というストーリーは全く意外性はないけれど、やっぱり万人受けするのだ。

学生時代も真面目で、現在真面目に公務員として勤務している人は、人格的には好ましいかもしれないが、まったくの他人から見て面白い物語性があるとはいえない。

元ヤン教師と、真面目一徹の公務員、どちらかの人のTwitterアカウントをフォローしたいですか?と聞かれた場合、元ヤン教師を選ぶ人がほとんどじゃないだろうか。

「元ヤンから更生して、成功した」というストーリーは「マイナスの方向から、プラスの方向に大幅に戻した」という、わかりやすい成功事例だ。

「元ヤン」の肩書はお手軽だけど、強いのだ。

ただ、元ヤンキャラで世の中に出てきている人は、中高時代に荒れていた人のほんの一握りでしかない。

元ヤンが全員、元ヤンであることを全肯定しているわけではないと思う。
想像にしかすぎないが、程度の差はあれ、後ろ暗さを抱えている人の方が多いだろう。

真面目に生きて「いい人」で居続けるほうが、総合的には得になることはいまも昔も変わらない。

ただ、元ヤンはわかりやすくキャラクターとしておいしいのだ。