ワキタヤBLOG

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ベジタリアンについて思うこと

Vegetarians

自称ベジタリアンである人(A氏としよう)にもやっとした気分にさせられたので、食べることについて、うろんな頭で考えた。

ベジタリアンになる理由

 A氏の話を聞くに、ベジタリアンになる理由は、肉食は健康に悪い、環境・飢餓対策に悪い、殺される動物がかわいそうだという3つの理由に集約されそうだ。

確かに肉を過剰に食べることは健康に悪いだろう。しかし、過剰に食べなければ良いだけであって、ベジタリアンになる主たる理由にはならないだろう(ベジタリアンにも種類があるんだろうけど) 

環境・飢餓に悪いというのはベジタリアンではない私でもまあ納得できる。

肉にして食べるというのはエネルギー効率が悪い。しかし、消費量・生産量が問題なら、二酸化炭素排出量取引みたいに、国別に消費量・生産量を規制するほうが、実行力がありそうな気がする。そして、環境・飢餓問題が解決されたら、環境に悪いからという理由でベジタリアンになった人は肉を食べるんだろうか(ベジタリアンにも種類があるんだろうけど)

たぶん食べないんじゃあないだろうか。

なんだかんだで、ベジタリアンになる理由は、殺される動物がかわいそうだからという理由に行き着くんじゃあないだろうか。

植物は可哀想じゃないのかという話

確かに殺されるのはかわいそうだ。残酷だ。だから食べない。納得は出来る。選択の一つだろうと思う。 

じゃあ、植物はかわいそうじゃないのかということになる。

回答の予想として、植物だって生きているけど、動物のように意識、もしくは痛覚がない(魚もそうか)からあまりかわいそうじゃない、という回答が予想される。

それも分からなくはない。

動物をかわいいと思うのは、人間が動物を擬人化して見ているからである。

ペットとしてよく飼育されている犬、猫などについては、こちらの感情を酌んでくれているような仕草さえする。だから食べるのには抵抗がある。鳥や豚をペットとして飼っている人は、それらの肉を食べるのに抵抗があるかもしれないということも想像できる。

ベジタリアンのペット愛好家という存在

ベジタリアンかつペット愛好家の人もいるだろう。

じゃあ、ベジタリアンで犬、猫を飼っている人はペットに何を食べさせているのだろうか?

大体は牛肉由来、豚肉由来のペットフードでしょう?

犬猫にも菜食を強要するのなら、それならそれで筋は通っているのでいいと思うが、それは可哀想じゃないのか。動物を愛玩対象として飼うことは問題ではないのだろうか?

種差別ってなんじゃい

また、種差別とか動物の権利とかいう考え方もレクチャーしてくれた(頼んでないのに)

しかし、その権利を保障するラインを引くのは人間で、ラインを引く基準は、その生き物がどれほど人間に近いかということが基準なんだから、結局、人間中心主義でしょう?

権利とか言うと何か高尚な感じがするが、言ってることは「いたずらに鳥獣を傷つけるのはやめましょう」ということで、単なる動物愛護運動だろう。

動物愛護自体は別に悪いことではない。

しかし、種の違いを無くそうなんてことはできやしない。

悲惨な状況で動物が飼育、屠殺される状況に抗議するためにベジタリアンを選んだという人がいるのなら、肉を食べるのをやめる、もしくはやめようと運動するのよりは、安楽な屠殺設備(電気ショックとか)が整っている屠殺場でないと屠殺してはいけないという法律なりを成立させる運動をしないといけないんじゃあないのだろうか?

あと、そういう人とたちは、革製品だとかダウンだとかウールだとか、身の回りにある動物由来の製品はやっぱり使わないのだろうか?

全てを石油製品に代替すべきだと主張する人がいたとしたら、環境に悪いからという理由でベジタリアンを選んだ人と対立するんだろうか?

まとめ:私は何がそんなに気に入らないのか

だらだらと書いてきたが、A氏の話しぶりの何が気に入らなかったのかと考えてみると、おそらくA氏が、食べることの「業」というものから超越しているようなポーズをとっているように見えたからだろう。

肉を食べないというのは個人の自由だし、現在の畜産の問題点、残酷性を主張するのは別かまわない。

問題解決の手段として菜食を提示するのも悪くは無いと思う(唯一の手段ではない無いと思うが)

ただ、生き物はよそからエネルギーを奪わないと生きていけないという事に無自覚なような感じがして癇に障ったのだ。

肉を食べないことは正義でもなんでもないと思う。

肉が大量消費される構造を作った社会も、菜食だけで健康的な食生活が送れるような構造を作った社会も同じ社会なんじゃないの?

菜食が文化的であるなら、自分の手を汚さずに肉を食うことだって文化的じゃないのか?

餓問題にしても、肉を食うなと言う主張は、発展途上国からその特権的地位を奪うことにはならないんだろうか?

例えば「そうゆう主張は先進国の身勝手だ、我々だって肉の味を手を汚さずに味う文化的な生活がしたい」という主張を発展途上国の人々がしたとしたら、どう答えるんだろうか?

近い将来、「人工肉」みたいなものができると思うが、動物愛護を主な理由にベジタリアンになった人は食べるんだろうか?

「人工肉」が肉の味がするなら、肉を食べているのと変わらないんじゃないのか?

動物を殺して得た肉でなかろうと、肉の味がするならそれは肉だろうと思う。

もし人工肉なら食べるというベジタリアンがいたら、私はその人を好きになれない。

まあ、あいつとは二度と会いたくないって話です。